FC2ブログ
パトラッシュ...僕もう...なんだか......
高校生らしくないかい? なんとな~くね、なんとな~く
プロフィール

出っ歯car

Author:出っ歯car
はじめますて、出っ歯carと申します。

高校生で男です。

札幌に住んでおりまして、市内でも田舎の方です。

身長180cm、体重83kg

趣味はプロレス・F1・・・etc

変態談義もかなw

空手を習っています(初段黒帯)

よろしくお願いしま~っす。

最新記事

Twitter

こえ部

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東海地方太平洋沖地震
2011年3月11日14時46分ごろ

太平洋三陸沖を震源とする地震が起きた。

宮城県では震度7を記録し

マグニチュードは1900年以降国内観測史上最大となる8.8を記録した。

その後非常に大きな津波が北海道太平洋側~千葉までを襲う。


と、いうわけなんですが

本当にこんなことが起きてしまった.....としか言えないな......

信じられないですね、本当に。

地震が起きたときはちょうど学校が休みで家にいました。

マンションなんで多少は揺れましたが、札幌という事でそれほどでもなく

「おぉ...ゆれた!」ぐらいでしたね。

すぐテレビを入れると、「宮城県で震度7」という速報が流れていました。

近年東北地方では内陸地震があったり、またか...って感覚でしたけど、

そこからが本当の今回の地震の怖さの始まりでしたね。


ずっとテレビを入れていたらある速報が入りました。

「大津波警報」

あんまり「大」津波というのは見たことなかったので、少々驚きましたが

その後しばらくして入ってきた映像で、僕は言葉を失いました。

波が堤防を越え、ミニカーを扱うように車を飲み込み、

根こそぎ家が波によって流されていった......

人も流されていった。どうすることもできず、逃げる事すらできなかった。

この映像を見たときに、これが現実だなんて思えなかった。

「うわぁ......」それしか出なかった。


そして夜になったが、東北ではほぼ停電。

冬の寒さにもかかわらず、ストーブも動かない状況で過ごさなければならなかった。

真っ暗な中にも明るい大きな光がテレビで放送されていた。

石油コンビナートの火災、千葉の製鉄所の火災、

そして気仙沼の町全体を真っ赤な炎が飲み込んでいった。

言葉を失った、まさに地獄絵図だった......


都会でも大変な事になっていた。

棚から物が散乱、建物の天井が崩れ、JR・バス・地下鉄は止まった。

建設中のビルは火災を起こし、帰宅難民があふれかえった。

車はいつも以上に渋滞し、人々は家に帰る事もできずに途方にくれていた。


朝になって、悲惨な状況はあらわになった。

町に木材や転がった車が散乱、町ひとつが跡形もなくなっていたのだ。

「崩壊」「惨劇」「無残」「消滅」

あらゆる言葉が丸々当てはまるような様子であった。

もう...どうしようもない状況だった...

犠牲者や負傷者、行方不明者も数え切れないほどに出ていて

救出する事もできず、救援物資も足りず

病院や学校の屋上で、必死にSOSを伝えている人々もたくさんいるのだ。


電話もパニック、メールも規制がかかり、連絡をする手段を大きく制限された。

東北では空港も使用できず、JRも動いていない。

家族とも離れてしまい、どこにいるのか、大丈夫なのかという事すら分からなかった。

福島原子発電所では爆発も起こった(原子炉までの損傷はなし)



さて、こんな感じの被害状況ではあったが

政府・自衛隊・消防隊・医療隊・警察が動き続けている。

地面を車で走ることができない以上、ヘリコプターでの懸命な救助が続く。

また、帰宅難民にも付近の大学やホテルが無料開放をされた。

インターネットでも世界中の人々から応援のメッセージが届いた。

避難所でも順次食料支援が行われて、あちこちから知恵の交換をなされている。


さて、札幌に住んでいる僕ではあるが

今回の地震は本当になんとも形容詞ではあらわせないもので、不安に感じる。

しかし、まだまだこれからが正念場。

地震が起きた以上、ここから前向きに過ごす事ができるかで大きく変わる。

いつまでもクヨクヨするな、立ち止まるな。

ただ焦る事はない、ゆっくりゆっくり。

周りの人と話したりするだけでも気持ちは変わるよ。

いつか必ず、前みたいな生活ができる日がやってくる。

それだけを心に刻んで、それまでを一生懸命に生きてほしい。

もちろん被災者だけでなく、同じ日本国民として

これから募金をするなどして、復興への後押しをすることが大切である。




いつか前みたいな生活をすることができる。

だからそれまで一生懸命に生きる。




それだけは絶対に、忘れないでいてください。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://deppacar.blog136.fc2.com/tb.php/16-07406292
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。